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欧州自転車レース追っかけ日記

欧州在住者が自転車レースを追い掛けてる日記とか

春のレースレポート LBL Part V

昨年と同じく、ボスのビヤーナ・リースは自分の愛車で来てました。スイスナンバーの車です。最後はボビー・ジューリックを乗せて去って行きました。現在ボビーはどこに住居を構えてるのか。選手時代はニースにシーズン中は住んでたのですが。人が去ってさびしくなって行きます。他のチームバスはバイクの洗車やらが済むとさっさと移動して行きました。バス運転手のロロ(あだ名)、ニキ・ソレンセン、ボビー・ジューリック等が向こうから握手の手を出してくれます。嬉しいですね。

後はいつもの感じで、アンディーの登場を待つのです。ドーピングコントロールやらメディアへのインタビューやら2時間程度帰ってこれないのです。これは2年前のディルーカの際に経験してるので、じっと辛抱です。その間にリクイガスのバスへ行き、中野さんとお話したりとか、時間をつぶします。ディルーカの時もそうでしたが、他のチームバス、機材トラック、チームカーが全て撤退して駐車場がさびしくなり、ハードコアのファンがちょっと残るだけの時間になるのです。それまで勝者は帰ってきません。今回も同じ。駐車場がさびしくなって行きます。

すでにシュレックファンクラブ員達は「必殺」の品を出してきました。それは昨年も開封され、ちょっと頂いたのですが、スパークリングワインで、ラベルが「Cuvée Frank & Andy Schleck Liège-Bastogne-Liège」。このレースに懸ける意気込みが感じられるワインです。アムステルゴールドはフランクが勝ってしまったので、このLBLを兄弟のどちらかで勝ってやろうと誓ってこのラベルのワインを製作したのでしょう。昨年は惜しくも逃したのですが、今年はとうとう勝利です。これをファンクラブ員やら皆で飲みます。今年は空瓶ももらってきました。確か3本程度しか空けなかったので貴重な空瓶です。ファンクラブの連中は本当に優しくしてくれんです。感謝。これを持って歩いてると、「eBay, eBay」とはやし立てる連中も居ました。フランクは次男で兄弟の真ん中です。そのためでしょうか、非常に外交的。人に気を使う性格。僕にも声を掛けてくれます。僕の持ってるビンを見て、「借りるよ、ボス(つまりリース監督)に見せるから」と云ってリース監督に見せてました。

しかし、誰でも勝ちたいと狙ってる有名なレースなのに、こんなワイン作って、自分達にプレッシャーかけて、ファンクラブ員に期待させ、それでも実際に勝ってしまうなんて、すごいですよね。

さて、時間が過ぎ、ゴール後1時間、2時間と過ぎてもアンディーは来ない。ここで、オランダ人カップルは電車の時間があるので撤退。その後ファンクラブはチャーターバスで来てたのですが、バス運転者の運行管理(欧州は厳しい、厳密な時間管理されてる)のため、帰らなくてはならなくなりました。残念。でも彼等はどうせ、帰ってから後日ゆっくり逢えるのですけどね。

そして、さらに駐車場がさびしくなり、リース監督も去り、Saxo Bankのバスと10名程度のファンだけが待つ状態となりました。そして、やっとアンディーが登場。3時間程度過ぎてたかもしれない。本当に長い待ちでした。彼はファン達にサインしたり(僕もジャージにもらった)、一緒にファンと写真撮ったりして、終了。すべて終了。

我々はルクセンブルクに戻り、途中で一緒に食事したのですが、そこへ向かう途中で豪雨になった。でもレース中は曇りから青空。アンディーは運が良い。

補足
上記のCôte de la Redouteのテント設置地点は後日のベルギー選手権時にもVIP村が設置される。この場所はコースの通過地点なのだ。でもベルギー選手権ではこの坂を上るのではないらしい。でもよく分からない。なんとなくもらった(キャラバン隊が配布してた)フライヤーに拠ると、それらしいことが書かれてる。ベルギー選手権を観戦予定の人は下記を参照してください。
www.aywaille2009.be

さて、アルデンヌクラッシックの2つを制した兄弟なのですが、次のターゲットは何なのか。もちろんツールドフランスという大きな目的はあるのですが。当然Huyの頂上に一番で辿り着くということもありえるでしょうね。

la Redouteの坂でもらった簡単な紙(チラシ)を帰ってきてから眺めてたら、面白い内容だと気づきました。実はアムステルゴールドレースの際にオランダ人カップルの男性が僕の車の中にデジタルカメラを落としたのです。それをLBLの際に返却するつもりだったのです。しかし、彼等が先に帰ったので返せなくなりそうになりました。そこで住所をもらって、郵送するということにしたのです。上記のチラシに住所を書いてもらったのでした。帰ってからよく眺めると、それはエディー・メルクスの写真が表で、裏に地図が載ったものでした。内容はブエルタの広告でした。このla Redouteを含むリエージュの地域がブエルタのオランダ・ベルギーステージの最終日の舞台となるのです。そこで、コース図を載せた宣伝として配布してたのです。下記のURLが載ってます。
www.provincedeliege.be/vuelta
www.plgsports.be


サインゲットの選手リスト
Jacob Fuglsang (AGR)
Karsten Kroon
Nicki Sorensen
Chris-Anker Sorensen
Gustav Erik Larsson
Alexsandr Kolobnev
Andy Schleck (LBL)

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  1. 2009/05/19(火) 16:51:09|
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春のレースレポート LBL Part IV

そして、表彰式の準備が始まる。この間にも選手達はどんどんゴールしてる。当然表彰台前の部分にはルクセンブルク人が集結。テレビで日本でも観戦できたのでしょうか。できたとすると当然その状況はご理解いただけけたと思います。一部外国人(僕やら、オランダ人カップルを含め)も居ますが、ルクセンブルク人達が集結でした。

表彰式直後、アンディーは花(ブーケ)をファンにあげました。もらったのは、何と今回も一緒に行動した家族のお母さんでした。彼女も大喜び。彼等家族のことは昨年のツールの際になんらか記述したと思う。ここでちょっと繰り返すと、家族でツールを追いかけながら景色の良いフランスでバカンスを過ごす家族です。娘の婿さん達(2名)も同行したりの大所帯で2台のキャンピングカーと一台の乗用車で移動してました。キム・キルシェンとシュレック兄弟の名前が背中に描かれたおそろいのポロシャツを製作し、家族で着てるというお茶目な人々です。

ゴール地点にはジャージを売るテントがありました。見るとそれはアムステルゴールドレースでも見たあのおばさん。通りかけに、ジャージを見せて、「サインもらったよ」と挨拶。アムステルゴールドの際にはサイズ選びのため、試着させてもらったのだが、その際に「サインをジャージにもらうから大きめのサイズをいつも買うんだよ」ということを言ってたのです。

その後はルクセンブルク人は大挙してチームバスへ向かいます。これも恒例です。ゴールの側にはカルフールというフランス系のスーパーとその駐車場があります。その駐車場がチームバスの駐車場となってます。これも恒例。フランクの彼女も当然来てました。

レースを終え、着替えてくつろぐ選手達が出てきたりとかの和やかな雰囲気です。一度この風景を経験した人にはそれだけでわかるのですが、知らない人にはわからないでしょう。例えば、カーステン・クローンは家族(と親族?)がオランダから来てたらしく、オランダナンバーの車に娘さんと家族らしい人達が居ました。だから、彼は着替えてから、娘さんと一緒にチームバスの側(広い駐車場で、当日は関係車両以外は入れないので比較的安全な状況)で遊んでました。ここならUCIの抜き打ち検査員が来ても、すぐに彼を発見できる。娘さんは2歳?程度で、ペダルの無い小さい自転車(足で歩くように地面を蹴って漕ぐ)に乗り、ぐるぐるとパパの周りをまわって遊んだり。一緒にボールを蹴ったり。カーステンはサッカーも幼少時にやったのでしょう。ボールの扱いが上手い。娘さんは嬉しそうにしてました。こんな時じゃないとなかなか一緒に遊べないのでしょう。だって、彼等は普段から行動予定をUCIに提出する必要があるのです。だから、オフで家に居ても、天気が良いから近くの公園に子供と出かけたくても、あらかじめUCIへ提出してるスケジュールに書いてなければ行けないのです。なんという不自由な生活。

自転車選手のこのUCIへのスケジュール提出については、こちらの雑誌にイエンツ・フォークトの記事が載ってました。それはタイトルが、「自転車選手はテロリストより悪環境」という感じで、以前有名な凶悪なテロリストが裁判にかけられた。その際、一週間に2回判事の前に出頭する義務があった。しかし、自転車選手はそれよりさらに詳細な行動予定を提出しなくてはならない。という内容です。彼も「自宅に居る際に、天気がよくて、面白い映画が近くであることが分かっても、子供達と一緒に行けない」という風にぼやいてます。かわいそう。そんな記事。

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  1. 2009/05/19(火) 16:50:08|
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春のレースレポート LBL Part III

レース到着が近づくと、坂を上って観戦場所へ移動。ここでも多くのルクセンブルク人に遭遇。キャラバン隊も通過。たいした景品は配布してなかった。昨年よりもさびしい内容のようだ。そしてヘリコプターと共にレース到着。Saxo Bankのクリス・アンカー・ソレンセンがチームの指令だろうが、レースを動かしていた。チームのエースのアンディーのライバルをふるい落とすための牽制アタックだろう。このアタックがすぐ後の、ジルベールアタック、アンディーアタックへとつながるわけです。

そして、レースが通過すると駆け足で、車へ向かう。のんびり下る人々を交わして、路肩の草むらやらを急いで駆け下りる。のんびり下る人は、ここでスクリーン観戦するのだろう。急いで走ってる人はゴールへ向かう人となる。我々は後者。ここでジルベールのアタックが始まる。我々が車に向かう後方で歓声が上がる。スクリーン前で観戦するジルベールファンが彼のソロアタックに盛り上がってる歓声だ。その歓声を背に我々はゴールへ向かう。

ゴールへ向かう車内でテレビを観たが、電波状況が良くない。でもアンディーのアタックは確認できた。レースの無線情報でもアンディーのアタックと集団との差が伝えられる。こうなっては遅刻は許されない。車を飛ばしてゴールへ向かう。

ゴールのすぐ側(約100m)には高速道路のランプがある。でも混雑を避けるために、ここは当日は閉鎖されてる。だから、ゴールへ行くためには、そのランプを行き過ぎた次の降り口で降りる。そして、1km程度住宅地の中を戻る。そこで今回はある裏道を教えてもらいました。この裏道は、無線器のオーナーである知り合い(本名を書くのは避けたいので)がリエージュの大学で勉強してたルクセンブルク人に聞いた裏道なのです。ゴール周辺は駐車してる車が大量にあります。駐車場所(路上)を探すのが手間なのですが、ゴールに近いのに空いてる路上駐車できる道があるのです。これは使えます。駐車した場所から300m地元の人が犬の散歩で通るような細い道を通ってゴールへ到着。これは断然に使える裏道情報。

ゴールへ付いたのはゴール前の20分前程度だろうか。ゴールゲート直後に構える。無線を導入した知り合いはカメラ撮影用に踏み台(折りたたみの小さな台)を用意してる。これも実は必需品だ。遅れて観戦地点へ到着する場合、人垣の後方からの観戦となる。この状況でもカメラ撮影するためには必要なのだ。僕も購入しよう。ここで、ルクセンブルクの旗を持ってる二人をふと発見。全く偶然だが例のオランダ人のカップルと遭遇。これは好都合。彼等がキープしてた場所に入れてもらって、最前列を確保できた。これはラッキー。僕の斜め向かい10m程度にあのダニエル・マンジャス氏がアナウンスしてる。レース状況はこの時点で、アンディーの一人逃げで、集団とは1分20秒とかの差。周りには顔を知ったルクセンブルク人達(ファンクラブ員やら)が沢山居る。

そして、アンディーが逃げ切ってソロのゴール。感動しました。フランクも来ました。彼も両手を挙げて、弟の勝利を祝福です。

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  1. 2009/05/19(火) 16:49:22|
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春のレースレポート LBL Part II

昨年のツール中に、ベルギー人(彼も追いかけ)とキャンプ場で話をしたことを思い出す。彼は自転車レースも大好きだが、趣味は無線。無線のことは詳しい。彼によると、ツールのようなレースだと、この無線は通信衛星のチャンネルを使って非常に広範囲に届くようなシステムなのだそうだ。

さて、この無線があれば、逃げのメンバーが分かるし、待ってる場所に後何分程度で到達するかも分かる。欲しい。ちょっと高価な玩具だ。

だから、お茶をしてる最中でもレースの展開は分かってた。誰が逃げてるかも把握できてた。余裕でお茶ができる。レースが近づくと坂へ移動。ここでレースを観戦。

レース通過前に数台のチームカーが通過した。補給地点へ向かうのではないだろう。補給地点へは高速道路で行ける。これらの数台のチームカーは補給地点以外の場所での補給をする目的なのだろうか。その中でスキル・シマノの車が通過した際、僕にクラクションを鳴らした。パッと見ると、内部には今西さんが居た。ありがたいことに気づいてくれたのだ。

レースの到着。最初は逃げ、そして集団。肉眼で数名の選手を確認できた。Saxo Bankではグスタフ・ラーション、ヤコブ・フークルサング(が正しい発音か?)、アンディー等。その他ではなぜかイヴァン・バッソが良く見えた。選手達が過ぎるとチームカーに手を振ってここでの観戦終了。坂を下りて車へ向かう際にリクイガスのビドンを発見。ほとんど飲んでない甘い何かが入ってた。誰だろう。捨てたのか、落としたのか。

次の目的地はあのCôte de la Redoute。フィリップ・ジルベールファンクラブが構える場所だ。高速道路のランプからすぐなので、無事に到着。

ここには飲食系の屋台(ハンバーガー、フレンチフライ、アイス、ビールやらのドリンク)が複数、ジルベールファンクラブが構えるお店、テント、レース主催者が用意するVIP用のテント、ジャージ等を売るテント、大きなスクリーン、トイレ等があった。ベンチも沢山用意されてた。ジルベール応援団の本拠地です。彼の自宅(少なくとも彼が育った両親宅)はここの近くと聞いたことがある。ここで上記の娘さんの両親とさらに妹と合流。時間があるので、最初はのんびりスクリーン前で日向ぼっこ。ジルベールファンクラブのお店へ行くと、Tシャツ等が売ってたが、目に付いたのが防寒ジャケット。安い。黒い防寒ジャケット。折りたたみフード付き。胸の部分にFan Club Philippe Gilbert Kaufmann Gazと描いてある。カウフマンガスはファンクラブのスポンサーだろう。地元の会社なのか。日本的に云うと「作業着を売ってる店の防寒具で、決しておしゃれではないもの」なのだが、30ユーロと安かったので、購入。

天気は雲が通過するとちょっと肌寒いが、半そででも十分に過ごせる程度の気温。雨の様子は無い。

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  1. 2009/05/19(火) 16:48:26|
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春のレースレポート LBL Part I

さて、結果から云うと、アンディーのソロ勝利だった。当然だが、ルクセンブルク人達(ファンクラブ、家族)の盛り上がりは最高潮に達した。以下は、自分のための日記、記録です。

この日はルクセンブルク人の知り合い2人(昨年のツールドスイスも一緒に観戦したし、ツールドフランスもかなりのステージを一緒に観戦した2人で、このブログにも複数回登場)とルクセンブルクから同行する予定になっていた。朝9時前に家の前で拾ってもらって、そのまま北上。目指すのはCôte de la Roche-en-Ardenneという場所。ここはバストーニュへ向かう選手達がお昼頃に通過する場所だ。街はカヤックを楽しめる観光地として知られているらしい。川沿いにはキャンプ場もあり、キャンピングカーが沢山停まってた。当日は天気は良く(天気予報だと雨交じりの予想だった)、暖かい絶好の観戦日。暑いほどではないので、選手達にもちょうど良い程度だっただろう。ここで別のカップル(これも昨年のツールでかなりの期間一緒に観戦した家族の長女の夫婦)と合流する予定だった。この家族と最初に遭遇したのは実は古い。2006年ツールのステージのコロンビエール峠だった。

早くついてたので、街(小ぎれいな観光街)のカフェでお茶をしてレース到着を待つ。この日の最大の武器は、知り合いの一人が持ってきたスキャナー。つまり無線を拾うスキャナーで、日本製のユニデン製。これで、ASO(ツール等のほか、パリダカール等を仕切る組織)がツールドフランスや、その他の自転車レース用に使う周波数を聞くのだ。この周波数は数年前にツールの関係者に親切にしてあげた際に教えてもらったということだった。この周波数は秘密です。僕もスキャナーを入手しようと思う。

無線の内容は、レースジャッジ(集団の前やら、集団の後ろで車を運転してる)が流してる内容。英語、フランス語、ドイツ語は最低限使用してる。内容は、例えば、
「Saxo Bankのライダーがビドンを要求、Saxo Bankのチームカーは前に」というような集団の後方で行われるビドン補給の際のチームカーの交通整理。
「集団から逃げ集団発生、誰と誰が集団から30秒の差」とか「コースの何キロメートル地点を通過」というレースの状況です。その他必要に応じて流れてくる情報です。これは実に楽しめる内容です。レースの展開が分かるし、テレビが無くても状況が想像できる。チームカーも当然これを聞いてる。レースの前後のオフィシャルカーやら、バイクもこれを聞いてる。特にチームカーに居る監督は、この情報で状況を判断してる。逃げられては困るメンバーが逃げに居ることが確認できれば、すぐチームの無線で「追いかけろ」とか指令を出してるわけです。

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  1. 2009/05/19(火) 16:47:21|
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春のレースレポート Amstel Gold Race Part IV

新城選手が一番最後(Bezenwagenオランダ語らしい、ドイツ語だとBesenwagenだから、微妙な違いですね)のグループで、ほうき車を連れて通過しました。すごいですね。一日ずっと逃げて、そして完走ですよ。その後中野さんとまたお話できましたが、「チームの指示で逃げの乗って、きっちり仕事をこなすのは実力があるからですよ」というコメントを聞いた。確かに、チームしては文句なしの仕事をしたという評価になるのでしょう。ブイグテレコムが誰をエースに選んでたかは知りませんが、逃げに選手を送ったチームは最後まで集団を退く責任が無いので、力を温存できたわけだし、それがブイグの作戦の通りだったかはともかく、すごい存在感を示してましたね。今後の活躍が楽しみです。

ゴール後はチームバス(カウベルクの坂の先の地点)へ向かう。そこではアンディーが半裸でバスの中に居るのが確認できた。表情は暗くない。フランクの状態が深刻じゃないことはすぐ分かる。ゴール地点を通過する際に、放送席にクローンとヘーシング(どう発音するのか知らないが、オランダ語のGは英語のGじゃないし、カタカナだとハヒフヘホのどれかに近い)が居たので、チームバスは先にホテルに向かい、クローンを待つのは別のチームカーだろう。バスのエンジンが掛かる。それを見て、我々も帰路に着く。我々の側を通過するSaxo Bankのバスに手を振って、歩いてたら、運転手の側の窓(開閉可能)から誰かが僕にビドンを投げてくれた。多分アンディーだろうけど、正体不明。ビドンは無事に僕の足元の道路わきの草むらに落ちた。ありがとうと、バスに手を振る。バスの窓はすべて黒いので、外からは中は見えない。これが記念品。ありがとうね。

その先で、サーベロのメカニックのアレハンドロを発見。声を掛けて挨拶した。がっちりと握手した。彼は本当に人懐っこい良い奴です。

しかし、フランクはどうして、ここでクラッシュするの。でもいつもすり傷で済むのは強運とギャビーさんからのプレゼントのペンダントのおかげですね。その後、フランクは病院で電話して、冗談を言ったそうだ。これが彼のスタイル。みんなを心配させないように、冗談を言って周りを和ませるのだ。

以前にも書いたが、昨年のツールドスイスでも同じ。あのすごいクラッシュの次の日。僕はスタートへ行った。バスから出てきたフランクに直撃インタビューした。大丈夫か、と。すると彼はこう云った「I've seen better days but ...」。冗談で答えるのだ。これがタフなフランクのスタイルですね。

帰りはナビの通りに走ったが、リエージュの街ではナビの指示を無視して、道のサインに従った。その方がスムーズに行けた。ガーミンの地図のアップデートをインストールできない。原因不明。だから地図が少し古い。そのために、今回のようなことが起こるのかもしれない。

補足
後日(LBLのすぐ後)この日のフランクの病院での写真を見ました。最初の写真は、首の周りに固定器具がついた状態の写真。移送時にはこの状態でしたから、病院到着直後でしょうか。次の写真は顔のアップで、右目の周辺に擦り傷が。最後は点滴?されて、上半身裸で横たわる姿。しかし、シュレック兄弟は細身で、上半身は贅肉がない。あばら骨が良く見える。だから、3枚目の写真は栄養失調で倒れた患者の写真に見える。写真はフランクの彼女のiPhoneに入ってて、見せる彼女は笑いながら見せてました。
(写真は後で貼ります)

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  1. 2009/05/19(火) 16:45:41|
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春のレースレポート Amstel Gold Race Part III

Bergsewegではレース状況が分かった。逃げのグループに居るとのこと。レース到着前に通過する車両の中に、レース状況を伝えるアナウンスカーが在る。簡単に「逃げグループが在って、その後何分で集団」という内容を伝えてくれる。約10分弱の差で集団が追ってる。

逃げが通過。一緒のオランダ人が逃げの選手の後姿を写真に撮った。そのゼッケンを手がかりに選手を特定する。するとなんと、新城選手が居る。どっひゃーと驚いた。彼が実力のある選手だということは(多くの人から聞いてた、例えば中野さんからとか)知ってた。でもこのアムステルで逃げに乗るとは。一緒に居るニキ・タペストラは確か昨年のツールのステージで大逃げをして名前を売った選手(だと思うが、勘違いか)も居るし、これは面白い。最後には集団に吸収されるのかもしれないが、どこまで逃げるのか、楽しみ。

第1補給地点では得るものなし。残念。ここでも元気に逃げる新城選手を確認。がんばれ。

カウベルクへ到着。いつもの場所(左右を渡る橋のたもとで、ビッグスクリーンが見える位置)へ2人を連れて行く。するとここに予想通りシュレックファンクラブが居る。母親のギャビーさん達も当然。僕が陣取った場所は、シュレックファンクラブの向かい側で、ルクセンブルク人が多い場所だったが、そこにはRobert Gesinkファンクラブも陣取っていた。僕は彼等の肩越しに観戦した。ここが伏線ですね。当然ここにはクネゴファンクラブは居なかったですよ。

特筆すべき点は、カウベルクのゴール約100m位にある左右を渡る橋の下に「石垣島新城幸也(多分そう書いてあった)」と漢字で書いた垂れ幕(幅50cmの長さ1m強?)を掲げた東洋人(つまり日本人)が居たことです。僕の反対側だったので、声を掛けたわけじゃないけど、新城選手のご家族でしょうか。ハードコアなファン(関係者)であることは間違いないと思います。その日はものすごくレースを楽しんだことでしょう。彼等はゴール前に移動して消えました。多分、ゴール直後の混雑を避けるために、先にチームバスへ向かったのだと思います。関係者なら当然そのような行動をとるでしょうね。

さて、レースは逃げグループを追う集団という展開、そして、吸収後の新たな逃げグループという展開で進む。そして、あのフランクのクラッシュですよ。当然、声の出ないルクセンブルク人のファンクラブ員。しばらく沈黙。ギャビーさんが泣いてる姿が見えました。周りの人も一緒に泣いてましたよ。

後のニュースで骨折は無し、頭を打った、ということは当日の夕刻までに確認できました。一旦はお通夜みたいに静まったルクセンブルク人でしたが、その後のアンディーの活躍で、また元気がでた。よかった。

最後の逃げグループが、イヴァノフ、ヘーシング、クローンという面子。当然周りは盛り上がります。僕の側にはどうやら彼の両親も居たらしい。両親と同じ年頃の(つまり、両親の友人達)も結構居た。若い連中(友達とか)もみんな興奮してスクリーンを見て応援してました。道路のペイントもあったが、僕の立ってた部分に、ヘーシングファンクラブのペイントもあり、矢印と共に、Mama、Papaという書き込みがあった。ご両親も居たということですね。

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  1. 2009/05/19(火) 16:44:23|
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春のレースレポート Amstel Gold Race Part II

複数のお嬢さんたち(キャンペーンガール、古いが日本語で云うと)がキャップとストラップを配布してる。それはVacansoleilのもの。今年Criterium Internationalでも見たこのスポンサーのチームがアムステルゴールドにも出場してる。その背後にはこのスポンサーの経済的な影響があるのだろう。

現地で配布されてる出場選手リストとコースの概要図をもらう。それを見て、スキル・シマノからは日本人が出ていないことを確認できた。残念。ランプレからはマヌエレ・モーリも出場してる。春から元気に活躍してる。

ジャージを売ってるテントをのぞくと、Saxo Bankのジャージも売ってる。60ユーロ(半そで)なり。今年は事情があって、チームのサイトから買ってない。ここで買うことにした。側にガーミンのジャージも売ってる。半そでジャージ70ユーロ。さらにサーベロテストチームのジャージも売ってた。迷ったが、Saxo Bankとガーミンのジャージを購入。お店のおばさん(それほど年じゃなかったけど、お姉さんではないし、若い娘がお手伝いしてた)に一緒に2着買ったら安くしてくれる、と聞いた。答えは「安くはできないが、景品をつける」ということだった。そして、もらったのがクイックステップのビドン、クイックステップのリストバンド(2つのセット)、Pro Cycling Manager Season 2008のソフトウエアだった。いつもはチームのサイトから買うのだが、今年は事情があって、テントでの購入となった。

一旦車へ戻り、このジャージを着る。そして、サイン用のペンを3本用意して再度広場へ向かう。今回からサイン収集を始めるぞ。

チームバスの集結を待つ間に、スキル・シマノの御姉さん、今西さんに遭遇。挨拶する。今回は日本人が出ませんね、と言うと、今西さんが「新城くんがでてるよ」と指摘。それは驚き。

その後、例のオランダ人カップルと遭遇。事前にメールをもらってた。だから現地で会うことは予想してた。

そして、バスの到着を待つ。リクイガスのバスとチームカーが到着。中野さんが運転のバンも到着。簡単に挨拶。

その後、Saxo Bankのバスも到着。バスを監視しながら、他のチームバスを視察。新城選手のブイグテレコムに行ったが、まだ選手が出てくるタイミングじゃない。サーベロのバスやら、アスタナやらを視察するが、知った顔はあまり発見できなかった。

その後Saxo Bankのバスへ戻って選手待ち、バスから出てくる選手からサインをもらう。でもシュレック兄弟からはもらえなかった。クリス・アンカーには「帽子ありがとうね」と。シュレック兄弟は逃したが、焦る必要はない。この2人からもらうことが一番簡単なのだから。この日はカーステン・クローンから例の太陽マークももらった。調子が良かったのだろう。例の太陽マーク(省略形だったけど)とは、以前ブログに書いたことがある。2007年のレースで、確かドイツのハインライトというレースでもこのマークをもらった。他の選手も今回はニコニコしながら、サインをくれた。6人ゲットだ。

サインゲットの選手リスト
Jacob Fuglsang
Karsten Kroon
Nicki Sorensen
Chris-Anker Sorensen
Gustav Erik Larsson
Alexsandr Kolobnev

オランダ人の2人を連れて、昨年と同じ観戦コースを巡る。Bergsewegの坂、第1補給地点、そしてカウベルクと回る。

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  1. 2009/05/19(火) 16:43:19|
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春のレースレポート Amstel Gold Race Part I

Amstel Gold Race (April 19 Sunday)

もう何年連続で通ってるんだろう。2009年、2008年、2007年、2006年(フランク・シュレックが勝利した年)と4年連続だ。

結論を急いで、単純に云うと「感動をありがとう、興奮したよ、新城選手。残念カーステン・クローン、大丈夫かフランク、ギャビーさんの泣く姿をまた見ちゃったよ、気をつけろ」ですね。


以下は、自分の日記です。興味のある人だけが読んでください。多く人には上記だけで十分なはずです。

ネット環境の不備から、今年は事前の下調べが全くできなかった。iPod TouchでSaxo Bankの参加メンバーをチェックしただけだ。レース主催者の公式サイトをiPod Touchで見ても、スクロールができなくて、コースの詳細が確認できない。iPod Touchのサファリでは何らかの問題があるようだ。だから、例年とコースが違うかもしれない、という不安もあったが、とりあえずでかけた。出発したのが、午前1時半過ぎだったと思う。途中の休憩なしで運転して、現地入りしたのが午前4時頃だった。

GPSナビゲーションの指示に任せたのだが、E25(欧州道25)を走行する。ルクセンブルクからはArlonというベルギーの街(IKEAがある)へ向かい、そのままベルギー国内を北上するという経路だ。目的地の近くになってE25から街へ下りた。GPSナビによると目的地まで約30kmの地点だ。事前にPCインストールのソフトウエアMapSourceにてルートを確認しておいた。約240kmのルートだ。でもGPSナビは190km強の距離を示していた。PCソフトとナビが違うルートを示すことは良くあることなので、それほど気にしてなかった。でも、E25 (高速道路)から街に下りることは予想してなかった。Maastrichtと指示されてる方向とは違う出口だった。まあ、GPSにしたがってみようと下りてみた。どうも見覚えのある街(辺りは暗いので、詳細は分からないのだが)で、川沿いの風景から、「リエージュだろう」と思いながら、しばらく走行。街を少し走ってまたE25に復帰。

要するにE25が大きく曲がってる部分を迂回して、近道をしようとするGPSナビの心遣いなのだ。しかし、街中の信号待ちをするよりは、距離が長くても高速道路を走った方が時間的には早く目的地に到着するのだ。リエージュは複数回、多分7回程度も訪れてるので(LBL、ジロのベルギーステージ、その他下見やら)、やはり見覚えがある。

ということで、ロスタイムもあったが午前4時に到着。4年連続で同じ場所に駐車。今年は車が先に止まってたので、一台分ずれた場所だったのが悔しい。

そこからは約300m歩くとスタートのある広場だ。この時間でも若者達はまだ酒場で飲んでる。この時間でも自転車に乗った若い女性とかがスイスイと広場付近を通過する。これがオランダなのだ。というか、この風景はオランダでは良く目撃する。昨年はカウベルクの坂に最初に行き、現地の確認をしたが、そこでも酔った若者達が大勢付近を歩いてた。視察してみると広場にはバリケードが並べられたので、ここがスタートで間違いないだろうと安心した。そして、車へ戻り仮眠。

この下見の間に、現地でのWLAN状況を調査。調査と云っても、iPod Touchを持って歩いただけだけど。結果は写真の通り。沢山のWLANが確認できた。KPNとは地元の携帯電話会社らしい。僕のプレペイドカードも現地ではローミングパートナーとして、オランダ国内のこの地域では、この会社の携帯網を使ってた。その他、個人宅、ホテル等からもれてくるWLANネットワークが確認できた。

再び起きたのは8時過ぎだった。ほぼ快晴の青空。再び広場へ向かう。すでに警備員やら、観客やらジャージ等を売るテントがあったりして、スタート場所の雰囲気がある。サイン台の付近にはすでに場所取りをしてるファンが最前列を確保してる。予想通りの風景だ。

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  1. 2009/05/19(火) 16:42:25|
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春のレースレポート CRI Part V

で、レース開始。総合順位の低い順からスタート始める。ゴールゲートの裏側(僕が見れる側)にはタイム表示のための時計が2つ付いてる。右側はそれまでのベストタイム、左は現在ゴールへ向かってる選手のタイム。レース開始後、トニー・マーティンが好タイムを出し、誰もそれを更新できない。タイムトライアルが得意な選手でもそれを更新できない。選手達はウオームアップメニューをボビー・ジュリックから与えられてた。ウオームアップするマシンの多くにはSRMが付いてて、その出力表示を見ながら、そのメニューをこなしてるようだった。

オランダ人カップルは無事にフランクからサインをもらう。誕生日だから、と言うと。フランクはハッピーバースデイというメッセージも描いてあげた。彼等は帰りの接続電車の時間がおしてるので、途中で帰った。まあ目的を果たしたので、悔いはないだろう。

そして、その後はフランクの彼女が僕の側にきて一緒に観戦してた。彼女の話だと、フランクは胃腸の問題がって、当日はそれほど調子が良くなかったそうだ。イエンツ、フランクはならんでウオームアップをしてたが、なんかの拍子に選手が汗止めに使うレース用帽子が僕の上空を通過して、コース内に落ちた。僕がすぐ拾って、後ろを振り返って、「誰かがもらったのに、落としたのかな」と持ち主を探すが、誰も反応しない。意味は分からないが、どうもイエンツの帽子のようだ。フランクもその時点で帽子を脱いでたが、フランクの奴は誰かが取ったら絶対に離さないだろう。まあ、良い。今日の収穫だ、といただく。

で、レースの結果はイエンツの勝利ですが、2位とはほんの2秒差という僅差でした。興奮しますよ。タイム表示がでるビッグスクリーンでレースを観てたのですから。その後は表彰式。これもある意味ワンマンショー。

選手達が身支度して帰る頃、クリス・アンカーが出てきて、僕に「これ必要だろう」と表彰台帽子をくれた。良い奴だ。その後、メカニックのルネに、「ほら、すぐ手に入れると言っただろう。クリス・アンカーからもらった」と帽子を見せる。

まあ、それが大枠。僕は全てのチームカーが去り、ファンが去るのを見てから帰路に着いた。また来年も来たい。


雑記
クロノロジカル(日本語では何と云うのか、時系列的とでも云うのか)な記述の他に、自転車ファンや外国旅行の情報を入手したい人(万が一そんな人がここを見た場合)のための雑記です。

上記のオランダ人カップルによると、第2ステージのゴール地の麓街(モンテルメ)は公共交通機関が非常に希薄。週末だとこの街と付近で一番大きい第3ステージの街とのバスは日に一回程度の報復とのこと。平日でもそれがほんの数回だそうだ。観光客が来るのでもなく、そんなもんのらしい。バス停もはっきりあるわけじゃなく。経路上の任意の場所で運転手に言って停めてもらうというのが、停車とのこと。乗る場合も同じく、合図して停まってもらうのが普通らしい。このような田舎ではレンタカーで移動するか、タクシーを呼ぶかじゃないと、不便だ。

この地域はアルデンヌ地方と呼ばれてる。アルデンヌと云えば、自転車レースファンにはいくつかのレース名が浮かぶ地域名だ。

地元の産業はなんなんだろうと、幾度か不思議に思ったことがある。農業地域ではないだろう。家畜を多く見るわけでもない。林業も一部あるだろうが、産業とは云えない程度だろう。

シャルルヴィル・メズィエ(カタカナで無理やり書けば)は比較的街、村じゃない。近くに地方空港もある。滞在時間も短く、局部的にしか見てないので、これ以上はコメントできないのが悲しいが。以前も書いたが、街の中心に広場がある。欧州の多くの街は大体そういう造りとなってる。どこかにそういう広場がある。だから、以前に訪れた街の同じような広場と記憶が重なることがよくある。

手元に方位磁石を持ってなかったが、広場の方向には規則性があるのだろうか。東西南北に四角くなってるとか、その他のこと。邪魔じゃなければコンパスを持ち歩こう。

比較的閑散とした地域だが、あちこちで大型スーパーの看板を見る。IntermarcheとかCarrefourとか。

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  1. 2009/05/19(火) 16:40:42|
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春のレースレポート CRI Part IV

さて、実況(フランス語)を聞いて、イエンツが逃げてることが理解できる。でも後ろがどうなってるとかの詳細が分からない。そのままゴールが近づく。目視できたが、イエンツが単独でゴール。そして、後ろから、どさっと集団。

表彰式は簡単。だって、一人だけしか表彰式に関係してないのだから。フォークトがステージ勝利(ジャージ関係なし)の表彰され、下りてまた上って、スプリント(グリーン)、山岳(水玉)、総合(黄色)と踏み台昇降のごとく連続登場。本人も照れてたが、総合を狙うために結果的にそうなっただけで、(ジャージ独り占めを)狙ってたわけじゃないだろう。ここでは昨年のブログでも書いた小さな出来事がまた起きた。昨年は4度目の総合をこのステージでほぼ確かにしたので、実況アナウンス(あの有名な人、失念した)が、「子供の数と同じ4勝目を、...」と言ったのだが、フォークトが「いや5人だよ、...」と手を広げたシーンがあった(写真も載せた)。この事を当然本人達は覚えてたので、アナウンスで「子供は何人だっけ」とおちゃらけで問いかけて、フォークトが「5人だよ(笑)」と。そして、「子供の数と並ぶ総合5勝目を目指して、」見たいなやり取りがあった。

そして、徒歩で麓まで。今年はシュレックファンクラブ(特にギャビーさん一行)が居ないのかなと思いながら下る。オランダ人カップルと一緒に3人でくだる。彼女が病気気味なので、比較的ゆっくり。でもこれが後のイヴェントの伏線になる。

車を停めた麓のホテルまで来て、駐車場へ行こうとすると、ホテルの地上階(バー)のドアがパッと目の前で開く。そして、中から男性が手を振って、僕の背後に来てたバスに、叫ぶ。どうやらバスで旅行の団体らしい、と何気なく思った。そして、開いたドアのすぐ側の席に座ってる女性を見ると、なんとそれがギャビーさん。向こうも僕に気づく。そして、他の連中も「おい、入って来いよ」と僕に言う。向こうはすでに酔ってるので、テンションが高い。

つまり、シュレックファンクラブはバスで応援に来てて、山の麓付近で応援してたのだ。そして、観戦後は交通規制のためだろうか、遅れて迎えに来るバスを待ちながら、一杯飲んでたのだ。内容は省略するが、後にまた会おうと約束して分かれる。

タイムトライアルの開催される街は良く知ってる。全く部分的にだけど。ゴールとなる広場付近は良く知ってる。その他は知らない。もう3年連続で来てるのだ。

昨年とさらに一昨年とほぼ同じ位置でレースを観戦した。昨年はゴールゲート部分にTeam CSCがチームバスと機材トラックを止め、お互いのサイドからひさしを伸ばして、雨避けとし、その下で選手達がウオームアップをした。僕はその部分で、ゴールする選手を見れるし、後ろを向けばウオームアップする選手がみれるという体制で観戦した。ことしも同じ位置で待つと、やはり、Saxo Bankのバスが同じ位置に駐車した。後に機材トラックも同じ位置に駐車し、昨年とほぼ全く同じ風景となった。今年は日差しもあり、暖かい。ありがたい。

バスの周りはお決まりだが、シュレックファンクラブの取り囲む。今回のメカニックの中にデンマーク人のルネ・クリステンセンが居た。彼とは昨年のKBKで仲良くなった。今回も挨拶する。今年はジャージとか着てないの、と聞かれたので、まだ入手できてないが、すぐ手に入れるよ、と返事しておいた。

その場所からは右手にビッグスクリーン、左手ゴールゲートと実況席、正面にメディア席(後にジャラベールの生着替えが見れた)、後ろにSaxo Bankという配置。

昨年は雨のため石畳(街中心の広場はあちこちの街でも同じ風景で、石畳)が濡れていて、スポンサー名の大きなシール(ゴール前後の石畳に貼る)を貼るために、スタッフがバーナーで地面を乾かしてた。今年はそれはなかった。しかし、ステッカー貼りのスタッフにはまた別の試練が待っていたのだ。レース後シールを剥ぐと、接着状態が良すぎて、石畳にシールが残ってしまい、スタッフがカッターナイフでシコシコ丁寧に時間をかけて清掃してた。

レースが始まるまでには、昨年のレースシーンやら今年のレースシーンがビッグスクリーンで流れた。昨年のシーンは懐かしかったが、今年のレースを観てふと気づいた。第2ステージではフォークトは逃げて、最後は単独ゴールだったが、すぐ後ろにグループが来てて、実は総合での2位との差がほとんど無いのだ。これはびっくり。

昨年は雨のタイムトライアルで、誰も無理はできないコース状況で、総合2位と十分なタイム差があったので、フォークトのすべきことは、単に転倒しないことだった。

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  1. 2009/05/19(火) 16:39:43|
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春のレースレポート CRI Part III

2008年のツール中、僕達がボネット峠(欧州でもっとも高度がある峠で、海抜2800m程度、僕達は2600m地点でキャンプしてた)にサルコジ大統領がヘリコプターで観戦に来るという噂が現地で流れ、ステージ前日からヘリポートとして使えるちょっとした平坦な部分に警官が警備してた。当日になって結局キャンセルされたのですが。

話はもどって、上記のジェームズの話にはサルコジ大統領の名前もでてきた。政治の話ですからね。大統領(複数)がからんで、自転車界のごたごたがすべてが決着したそうです。

さて、僕が日本人だと知ると、リュックから別府さんの話もでてきて(アスタナとは関係ない話です)、リュックはディスカバリー時代から知ってるが、「とても良い奴だ」と明言してました。その他、別府さんのプライベートの話も聞かせてもらったのですが、これもここでは書けません。次回直接本人に確かめてみようかと思います。楽しみ。

その話の流れでは、自転車界の良い奴(アスタナのこの2人が個人的に知ってる選手で)では、イバン・バッソ、クリス・アンカー・ソレンセン、と別府さんに続いて名前がでた。自転車に真剣に取り組んでる姿勢と人間性の良さという点で、とてもほめてた。クリス・アンカーには、「お前は人が良すぎる、自転車でもっと成功するためには、時にはもっとエゴイストにならなきゃだめだぞ」とジェームズは彼に言ったこともあるそうだ。それくらい良い奴だそうだ。確かに僕もそう思う。本当に良い奴なんだ。

その他、シュレック兄弟の話題もあった。兄は自転車への取り組み方が真剣。いつも200%の準備をする。別の言い方をするとSelf-confidenceがない。ところが、弟はいつもSelf-confidenceに満ちてる。どちらかというとおちゃらけのキャラクター、天性というか天才タイプ。遊びたいお年頃。2007年のジロ(ジェームズも参加)での裏話は驚きの内容。最終的に2位になったわけですが、裏での話しが面白すぎ(この辺の話の一部は、自転車雑誌でもチラッとゴシップ記事的に載ったこともある)。そろそろ彼も兄のように真剣になるともっと良いはずだが、という締めくくりでした。

そのルクセンブルク人のお茶目度という流れでは、ディスカバリー・アスタナと流れてきて今年は別チームのベノワ・ジョワヒムの名前が挙がった。彼の話はちょっとだけだったが、これも爆笑。

その他、アスタナにはツール表彰台経験者が4人居る(アームストロング、クローデン、ライプハイマー、コンタドール)ので、今年は嵐が吹くというジェームズの話だった。以前にこのブログで、「枠」という話を書いた。当時のTeam CSCにはツール参加選手にデンマーク人枠とアメリカ(メインスポンサーの国籍)人枠があるという内容。そしてもちろん、アスタナにはカザフスタン人枠がある。今年のツール参加選手にもカザフスタン人は居るだろう。ただし、カザフスタン人の選手はサポート役となってしまうので、総合では下位の成績となる。昨年のジロでもそうだった。しかし、アスタナ自転車界からは、「なんでカザフスタン人はこんなに下位なんだ、もっとがんばれ」と横槍が入ったそうだ。自転車(特に、ツールみたいな長いステージレースでは)競技はチームスポーツだ、ということを無視した横槍が入るそうだ。まあそれくらい関心と情熱があるから、アスタナというチームが存在するわけですよね。

そして、小1時間して、いよいよ選手達が到着する時間が迫り、バスを後にした。ここで知り合ったリュック・ヴェアルー(と発音するのか)さんとも今後関係を暖めておきたい。次回顔をみたら、すぐ駆け寄って握手して挨拶。またどこかで使えるコネだ。こうして、少しずつ顔見知りを増やしてきたのですよ。

バスから降りると、また顔見知りに遭遇。パリ・ニースで知り合ったオランダ人カップルだ。彼等も来てた。彼女の誕生日なので、Saxo Bankのルクセンブルクチャンピオンジャージにサインをもらうという使命をもって参上してた。彼等も徒歩で上ってきたそうで、さらに電車とバスを乗り継いでここまで来て、昨夜は川沿いのホテルに宿泊。そう、私が車を停めた所にあるホテル。じゃ、レース後は僕の車で次のCharleville-Mézières街まで載せていってあげるよ、と提案。彼女は当日風邪をわずらってて、40度近い熱があったそうで、見た目にも辛そうだった。

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  1. 2009/05/19(火) 16:38:49|
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春のレースレポート CRI Part II

さて、このレースの直前にTeam Saxo Bankメールがきて、自転車のコンポーネントがSRAMのレッドになったと発表された。この短期間にすべて組み替えできるか疑問だったので、当然自転車を眺めた。すると、ルクセンブルク組(兄弟とクリス)のレース用(スタートナンバー付き)とスペアバイクが確かにSRAMになってる。他はすべてシマノのまま。機材トラック(このステージのスタートに来てなかったけど)はルクセンブルクに駐在してて、ルクセンブルク在住のメカニックが、最初にルクセンブルク組のバイクの組み換えから始めたのか。そう思えた。そのうちにすべてSRAMに替わるだろう。

他のチームではアスタナの例の2人が来てた(ギャラパン氏とジェームズ)。2人に挨拶。その他ではスキルシマノのお姉さんが居たので挨拶。そしてハイロードのお友達も。後にスキルシマノの土井さんにも声を掛けた。その他は特に珍しいことはなかった。

天候は曇り、肌寒い。で、レース開始。レースの焦点は当然イエンツ・フォークトが逃げるのか、逃げるとしたら、二位以下に対して十分な時間を稼げるのか。まあそれだけだろう。

レース開始後は車に戻り、Montherméの街へ向かう。街の中心部には川が流れてる。La Meuseだ。この川のほとりに立つホテル・パブ・カフェの前の駐車場に車を停める。昨年と同じ。ただし今年は自転車を持参してない。徒歩で山を登る予定だ。海抜350m程度の丘なので、麓の川から約4kmは無い。上るにしたがって、山岳ポイント(ゴール)まで3km、2km、1km、500mと掲示があるので、それを励みにして上る。ゴール地点には早くから(多分早朝からの交通規制がはじまる)車(キャンピングカー等)で上ってきてるファンも居る。

途中の見晴らしの良い部分(展望台)で、双眼鏡でレースを観てるファン(親子)も居た。そこからだと麓の町の風景が見える。ちょうど僕がその付近に来た時にレースが街中を通過した。ファンの歓声と、車の騒音が混じって聞こえてきた。その後すぐにアバンドネ(棄権者)が僕を追い越して行った。つまり、街を通過する時点で棄権すると決めている選手達は、方向を変えて山の頂上で待機してるチームバスへ辿り着くべく上ってくるのだ。総勢10名程度は居たと思う。昨年は寒く、雨・雪交じりだったので、総勢20人近く棄権したと思う。数回に分けてグループに追い越されたと記憶してる。今年は棄権者が少ないようだった。

登りきると、昨年と同じ風景。ただし、ちょっとファンが少ない気がする。時間が早かったので、これから増えるのかなと思ったが、昨年に比べても最終的には少なかった気がする。

頂上では実況ブース、ゴール写真機材、表彰台、バリヤーにスポンサーの広告バナーが設置されてる所だった。

後は、チームバスの付近をうろうろしたりして時間をつぶすのだ。昨年は張り切って自転車で上ったが、雪が降る天気で凍るように寒かった。しゃがんで(上下とも夏用チームジャージで薄いウインドブレーカーのみだったので、もう寒くて寒くて、しゃがんでウインドブレーカーをひざ下までかけてのサバイバル訓練だった。今年は普段着で皮のジャケットを選択した。

チームバスを端からずっと見て、アスタナのバス(キャンピングカータイプ)まで来ると、ブーとクラクションが鳴った。ふと顔を上げると、窓が開いて、中からジェームズが呼びかけた。そして、ちょっと立ち話して、「入って来いよ」ということで、内部へお邪魔した。中には、彼と運転手のLuc Verlooの2人が選手を待っていた。

このバス内で、談笑はジェームズに「口外するなよ、ここだけの話だから」と云われたので、書けないです。運転手のリュックはディスカバリーからアスタナに移って来たので、タイミング的に別府選手のことを良く知ってた。一方のジェームズはTeam CSCからアラン・ギャラパン氏と行動を共にする良い友人の関係。多分アスタナの内部事情をギャラパン氏から詳しく聞いてるのだろう。リュックも「へー、それは知らなかった」と驚くような話もあった。

アスタナ(チーム名だが、カザフスタンの首都名でもあり、首相、大統領もチームの動向を気にしてるので、国全体が絡んでると言える)のツール途中撤退(2007年)から2008年の主催者からの非招待待遇、そして、2009年の招待(非公式には唯一の確定枠だそうだ)までの政治がからんだ話。サイクリングファンの方なら、2008年のシーズンオフ頃にASOの上部幹部(自転車部門)が入れ替わったことを覚えていらっしゃるでしょう。あれもこのジェームズの話の中で出てきました。その理由が聞けたわけです。確か幹部職として、アモリー家の親族が就任したのですが、その辺の事情なわけですよ。アモリー家の現時点の最高権力者は女性で、マダム・アモリーが仕切ってるそうです。ただし、サイクリング界(アモリースポーツは、パリ・ダカールやら、その他を仕切る大組織)のことまでこまごまと知ってるわけじゃない。でも彼女の耳にアスタナのごたごたがとどいた時には、鶴の一声で、幹部も方針も180度変わるわけです(確かアモリーの名前を持つ人が幹部になった)。UCIとASOの関係修復もこの幹部更迭と時期が同じなわけで、我々ファンが安心してレースカレンダーを眺められるのはマダム・アモリーのおかげだそうです。

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  1. 2009/05/19(火) 16:37:48|
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春のレースレポート CRI Part I

クリテリム アンテルナシナール
このレースもツール、パリ・ニースと同様のASOの主催レース。レース前に発表される資料がサイトに載るのが遅い。1週間前程度。もっと早く掲載してほしい。ただし、例年あまり変更の無いコースなので、それほど心配はしてなかった。実際、日曜日のステージは実質変更なし。2007年、2008年と連続して通ってるので慣れてる。しかも今回は移動距離が少ない。運転も楽だ。

ここで、日本人にはあまり実感のないことを記述。ルクセンブルクを出発したのが午前1時30分頃だった。つまり、深夜。GPSナビの予想到着時間は3時44分と最初表示された。約2時間の運転だ。僕は飛ばさない。車は比較的のんびり運転する方だ。昔は飛ばした。でも自転車に真剣に乗り出してからはゆっくり車を運転するようになった。深夜だと高速道路でも後ろから車が来ない場合は80km/hとか90km/hで運転してることがある。

しばらくして、ふと気づくと、予想到着時間が午前4時45分になった。「あれっ、経路情報が狂ったのか」と一瞬高速道路上でうろたえる。が、すぐに気づいた。「あー、今日は4月直前の日曜日だから、午前2時が同時に午前3時なのだ」と。サマータイムの開始なのです。そこで、車のオーディオの時計を見ると(FM放送電波から時間情報をもらって自動調整する機能付き)、確かに午前3時を過ぎた時間を指してる。iPod Touchの時計をみても自動調整で、午前3時過ぎとなってる。車のコンソールの時計はそう云った気の利いた機能は無いので、以前午前2時過ぎだった。昨年のブログの記事にもこれを書いた覚えがある。どのレースだったか。

このレースは色々楽しめる。一日で2ステージ。一粒で二度美味しいのだ。2007年が初回だったが、この際に初めてシュレックファンクラブ(母親のギャビーさんも)と知り合いになったレースだ。

日曜日の午前中のレースは朝の開始時間が早い。8時半にレース開始。通例通り、チームバスは1時間前に現地入りする。まだ薄暗い中にチームバスが集結し始める。7時半はまだ薄暗いのだ。

程なくSaxo Bankの一行様も到着。サビーネ(ドイツ語的にはザビーネだけど)嬢がチームカーを運転してたが、窓を開けて、「朝早くから、あんた気違いだね」と。ファンとしては実にうれしいコメントだ。思い起こせば、昨年も同じお言葉をいただいたと記憶してる。

事前に知ってたのは、シュレック弟、クリス・ソレンセンが出場すること。その他はあまり情報を集めることができなかった。直前のSaxo Bankのホームページでの情報でもその程度だ。ところが、現地へ行ってみて驚き。メカニックが自転車を並べ始める。どのチームの自転車でもほぼ同じ部分に選手の名前がシールで貼ってある。そして、Saxo Bankの選手の自転車を確かめると、なぜかフランクの名前が。ありゃ、ちょっと前にトレーニング中に転んで怪我したと聞いたが、もう復活か。

周りにルクセンブルク人が居る。あの例の旗を方からかけてる子供たちが居る。ルクセンブルク人はあのライオンの旗が大好き。

選手達がバスから出てくるのはしばらく後、この間に他のチームの視察もする。

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  1. 2009/05/19(火) 16:36:19|
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春のレースレポート Paris-Nice Part V

三日目
この日は雨。寒い。午前の早いうちにスーパーへ行って買出し。Saint-Amond-Montondのスーパー。ここの向かいにCarrefourがあって、カルフールを2008年のツール追いかけ用にインプットしてあった。でも実際に買い物したのはその向かいのスーパー。理由は開店時間が早かったから。カルフールとかもっと大きなスーパーマーケット(スーパーより大規模だからHypermarcheと呼ばれる)をGPSにインプットしたのには理由がある。ペイント用のペンキを入手するためには小さなスーパーでは困難だからだ。でもちょっと食料品を買う程度ならどこでもOK。


スタート会場はスポーツ施設。サッカー場。施設の広い駐車場とその前の道がチーム車両用の駐車場。この施設の事務所には例のNeuf Wifiのアクセスポイントがあった。

朝からファン達は待ってる。寒いのにじっと待ってる。昨日見かけたと思われる人々も居た。この日は中野さんからリクイガスの今年のビドンとミュゼットを頂いた。ありがとうございます。昨年とはデザインがちょっと変わってる様子だ。メインスポンサーは同じ、でも少しだけスポンサー変更。

FDJとかここ数年そういった備品のモデルチェンジしなくても良いくらいだろう。つまり、メインスポンサーががっちりと構えてて他はスポンサーというよりは、機材供給業者という感じで、ジャージとかそういう目立つ場所にはロゴが出てこない。

ミュゼットとかは本当に有難い。補給地点へ行っても、毎回実入りがあるわけじゃない。全く実入りが無いほうが多いのかもしれない。リクイガスもメインスポンサーがほとんど全てお金を出してるタイプのチームなので、デザインに変更はあまりない。Saxo Bank(つまりリース・サイクリング)はシーズン途中にビドンとかミュゼットのデザインを変更する台所事情(いつでもスポンサー募集状態という意味、すなわち、金欠)なので、そういうチームがうらやましい。

雨のなかレース開始。そこで僕の観戦はおしまい。帰路についた。帰路も貧乏旅行なので、有料道路なしののんびりドライブ。お金をかけずに、時間をかけて帰ってきた。

まとめ。レース的には、コンタドールの好調さを見せ付けられたのが、ちょっとくやしい。でも、フランクが最終的に表彰台に上ったのがSaxo Bankとしての意地。そして、なんと言ってもクリスチャン(スリップストリーム)のステージ勝利が印象的だ。

(写真はまた後に貼ります)

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  1. 2009/05/19(火) 16:34:24|
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春のレースレポート Paris-Nice Part IV

二日目
Saint-Brisson-sur-Loire
この街(村ですね)は小さな田舎街。朝早めに到着し、視察したが、街の中心(商業的に)?と思われる場所には小さなパン屋、雑貨屋とかがあるだけで、本当にこじんまり。この村でiPod Touchでネットワークを探してみた。ここでの発見は、2つの業者がネットワーク(Wifi)を提供してた。一つはNeuf Wifiというネットワークで、村の各地で使えるようだった。当然、クレジットカード等でお金を払う必要があるので、ログインできたわけじゃないが、村のあちこちで電波を拾えた。そして、村の中心部では別の業者Orange(携帯電話会社でフランスでiPhoneを展開、確か、資本的にはVodafoneのフランス組織)のWifiの電波をキャッチ。こちらはOrangeの携帯を契約してる場合は、ログイン情報を受け取るために、携帯からこの番号を使えという画面が出てくる。(いずれも写真参照)。その他、個人宅から電波もあちこちで発見(もちろんパスワードで保護されてますけど)した。田舎とは言え、ネットは浸透してますよ。

というわけで、今の時勢、ネット環境はフランスの田舎街でもかなり充実してます。

さて、街の中心(本来的には教会部分が街・村の中心ですよね)にはスタートが設置されてた。教会前の部分がサイン台でした。商売気がある人たちが、コーヒー・紅茶を提供する小さなテントを設置してました。田舎のおばちゃんの小遣い稼ぎです。あまりに寒かったので、僕も貢献してしまいました。

チームバスの駐車場は待ちの入り口の坂道。昨日のカップルも到着し、チームバスの到着を待つ。少しずつ現れるバス。我々の目的はSaxo Bank。僕は他にサーベロ、ガーミン、リクイガス等。寒い。ただし、雲の切れ目から太陽が出てきて、日差しの下ではちょっとだけポカポカ。バスが集まってきて、ガーミンのバスを見に行くと、中から僕を発見したらしく、クリスチャンが出てきてくれた(窓ガラスは真っ黒になってて、外からは中は見えない)。彼曰く「昨日はごめんね。転倒してしまって、落ち込んで、言葉を掛けることができなかったんだよ」と。でしょ、彼は本当に良い奴なんですよ。スタートまで時間があって、他の選手とかとバスの中で休憩してるのに、顔をだしてくれてるんですよ。確かに、気合を入れて(ツールのための牽制で、コンタドールやら、エヴァンスやらがでてるこのレースでは狙ってる)のに転倒して時間を失ったので、そりゃ、冷静じゃないよね。だから、後日彼がステージを獲った時には本当に嬉しかった。総合争いは無理だったが、その分ステージ狙いに切り替えたのだろう。やったぜ、クリスチャン。

その後、Saxo Bankの選手がバスからでるのを見てカップルとはお別れ。彼等はパリを経由してオランダまで電車で戻るとのこと。パリでは乗り継ぎが複雑で、とうんざり顔だった。さて、坂を登り、スタート方向へ向かうと、知った顔が、ひょっこり。マヌエレ・モーリじゃないか。「えっ、兄のマッシミリアーノじゃなかったの?」。これも事前発表の前述のリストでは兄の名前しかなかったのに。でもマヌエレは元気そうにしてたので安心でした。

さて、バスの駐車場所として確保されてる坂を上った地点で、左に折れると、教会へ行く。そこには係員も居ないし、看板も無い。そこに立って、選手達を見てると、迷いそうになったクリスチャンを発見。あっちだよ、とスタートを方向を教える。笑顔で、クリスチャンは方向チェンジ。他にも選手達を手で案内してあげた。

さて、スタートを観て、すぐに次の地点へ向かう。補給地点だ。

Sancerreという街(村)のはずれに補給地点があった。事前に主催者発表の資料(タイムテーブル)で場所を特定し、GPSナビにインプットしてあるので、比較的スムースに到着。すでにチームカーはほとんど到着してた。でもSaxo Bankの車はまだだった。そこで中野さんに逢う。補給に来ることは前日に話をしてたので、分かってた。そこで、例のサイン入り写真を返却していただいた。これは僕が保管して、後日(多分LBLかAGRで)ドイツ人の知り合いに渡すことになる。

さて、その補給地点でなんと、あの補給地点のハイエナおじさんに再会した。彼は引退してレースの補給地点を追いかけるのが趣味なのでしょう。彼はすでに、5から6のレースに行ったそうな。すごい。暇に任せてどこにでも行くんでしょう。

僕はそこではFDJのビドンを拾ったのみでした。そして、その後ゴールへ向かう。


ゴールはLa Chapelle-Saint-Ursinという街。 ゴール地点はスポーツ施設(なんだろう、確かめなかったが、小さな馬の競技場か、サッカーグランドか)の側。主催者は会場の近くに一般者が使える駐車場を用意。これはこの第一ステージのスタートでもそうだが、会場側に無料の一般者用駐車場があった。親切で気が利いたサービスだ。

ここでもiPod Touchでネット環境をチェック。業者のネットは見つからなかったが、一般家庭でのWLANを確認できた。浸透してますね。

あちこちのチームに居る知り合いに声をかけたりしてゴールを待つ。ハイロードスタッフからビドンももらったり。今年から(一部では非常に好評ではないが)黄色がチームカラーになった。ビドンも黄色。

さて、レースが終了し、チームが引き上げるのを見届けてから、次の場所へ移動する。三日目のスタートだけを観て、帰路に着く予定なので、次の街へ移動だ。Orvalだ。

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  1. 2009/05/19(火) 16:33:15|
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春のレースレポート Paris-Nice Part III

そして、もう一つ書くべきことがある。多分2007年のパリ・ニースでのプロローグ。短いTTだから水は途中で飲まない。そこで、ボビーが、メカニックに「必要ないからビドンのケージは全員のバイクから撤去して」と言ったのを聞いた。彼は朝早くから試走してた。そういう詳細にこだわる人間なのです。今回もあちこちのチームで機材を見たが、ケージがついたままのチームもあるし、撤去してたチームもあった。当然Saxo Bankではケージ無しでした。これをボビーが見逃すはずがない。

コロブネフは帰還後、そのままバスへ戻った。クリス・アンカーは、着替えて、装備(寒さ避け)してTTマシンに乗り、近所に走りに行った。

さて、レース最後の方で、スタートリストを見てると、クリスチャン・ヴァンデヴェルデの名前を発見。「あれっ!!」とびっくり。この駐車場の近くに大きなスクリーンが合って、それとスタートリストの時間を見て、彼が帰ってくるタイミングで、ガーミンのバスへ。そこにはまた別の再会があった。彼はギャヴィン・キング。2年前まではTeam CSCに居た。

ちなみに、彼のほかに、Team CSCからJosep Colomer(スペイン人だから、ホセップ・コロマーと発音するのか)もクリスチャンと同時に移籍した。彼等とは面識があるのだ。これらもいつか使えるコネなので、暖めておくのだ。

そこへクリスチャンが帰還。声を掛けると、何か言ったが、萎れた顔をしてバスに戻る。この事情は次の日に判明する。とにかく、彼に会えた。

その後はSaxo Bankの選手が全て帰還し、引き上げるのを見送って、僕等も帰還することとした。皮肉なのは、レースの最後の数人は晴れた中で走れた。当然道路が乾燥したのではないが、一番恩恵を受けたのがコンタドールだろう。彼が当日の勝者。

彼女(オランダ人のファン)はフランクとツーショットコレクションを増やした。彼等は近くのMontagis(だったかな)のユースホステルに宿を取ってた。そこで僕がそこまで送ってあげた。彼等も翌日のステージを観戦にくるとのことなので、再会を約束した。彼等はこの二日目のスタートを観て、オランダへ戻り、次の週末はニースに行くということだった。

その後は、BourgeのCarrefour(スーパーマーケット)にて買い物し、食料やらを仕入れる。2008年のツールが始る前にインプットした場所だが、2008年には使わなかった。ほぼ一年後に役に立った。

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  1. 2009/05/19(火) 16:31:49|
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春のレースレポート Paris-Nice Part II

アスタナのバス・チームカーが到着。バスの助手席に居るのがアラン・ギャラパン氏。手を振って合図したら、気づいてくれた。そして、チームカーにジェームズ・コリニョン氏も。この2人は(仲良しで、ギャラパン氏がTeam CSCに移った際に、ジェームズを連れて行き、アスタナに移った際も同じ)以前から仲良くしてもらってる。その後握手、挨拶、ちょっと談笑した。それを見逃さないのが彼女。すかさず、「コンタドールの写真が沢山あるんだけど、サインしてもらいたい」とギャラパン氏に依頼。しぶしぶ受け取るギャラパン氏。(多分、ニースで受け取ったはず)。彼女はそれまでギャラパン氏とは接点が無かったのだろうが、僕の側に居たために、こんなあつかましい行動ができた。ギャラパン氏はチームの総監督だぞ。

サーベロテストチームでは、DSのアレサンドロ(アレックス)とアレハンドロ(メカニック)の旧Team CSCの2人に合えた。相変わらず、こんな僕のことでも暖かく歓迎してくれた。大事な時にこのコネを使えるように、暖めておかなくてはならない。

コロンビア(ハイロード)のスタッフにも知り合いを発見。以前やはりTeam CSCに居て、その後シマノ(最初はメモリコープ・シマノだったかな)に移籍。その時に仲良くなった。彼はその後ハイロードに移籍。彼にもビドンもらったり、残ったお菓子もらったり、お世話になってる。いつかお返しもしたい。

さて、その後は主にSaxo Bankのバスを見張りながら過ごす。かなり遅れて、スタッフが仕事を開始。選手の中では、イエンツ・フォークト、フランク・シュレック、クリス・アンカー・ソレンセン、ニキ・ソレンセンが僕のことを覚えててくれてる。チームカーを運転してきたのはキム・アンダーセン氏(ルクセンブルク在住)と今年からDSとなったマクギー。彼が髭を剃ってつるっとしてると、本当に若く見える。最初分からなかった。ファン(当然周りはフランス人が多い)にフランス語で話できる。現在はミルラムで仕事をしてるミヒャエル・リヒがイエンツを訪ねてきた。ちょっと内容が分かったが、リヒ氏は当日(タイムトライアルの機材やら乗り方のアドバイスに来たのだろうか)だけの参加で、その後はドイツに帰ると話してた。ゲロールシュタイナーの崩壊後、多くの選手、スタッフがミルラムに移ったが、彼もなんらかの仕事をしてるようだ。彼は機材オタクだ。雑誌の記事でも書いてあったが自宅のガレージに自転車屋ができるくらいの機材を貯めてるそうだ。以前タイムトライアル用のディスクホイールに「Don't tuch, Rich!」(本当はDon't touchなのだが、スペルミスしてた)と描かれてるのを2005年?のドイツツアーのタイムトライアルで目撃した。機材オタクの彼へのメカニックからの冗談なのだろう。もしかすると、Saxo Bankでのボビー・ジューリックの仕事に似たことをしてるのかもしれない。

さて、雨が降り続き、皮の冬用ジャケットを着てたが、雨が中までしみてきて、ちょっとガクガク・ブルブルになった。気温も下がってきた。車を離れた際には曇りだったので、傘なんか持って来てない。だから、濡れ濡れ。Saxo Bankのバスの側で選手のウオームアップを見ながら、時間を過ごす。そこで側に居たのが今回知り合ったカップル。本当に悲惨な天候で、全身びしょ濡れでもひるまない雰囲気を見て、すぐハードコアなファンと分かった。二人で話してる言葉を聴くと、オランダ語だろうと見当がつく。なら英語は必ず話すだろうと、英語で話しかける。「我々ハードコアなファンは天気なんか関係ないよね」とか。この2人はオランダ人で、彼女がフランクの大ファン。彼氏はそのお供?

彼女がフランクを見つめる様子は本当に真剣。彼女はmypersonalbag.comで製作したフランクがマイヨ・ジョーヌを着て表彰台で手を上げてる写真が入ったバッグをしてた。多分昨年のクネオでの表彰台風景だろう。ちなみに、僕もクネオに居た。僕等(ゴールから約1km下がった場所で、他のルクセンブルク人ファンと合計3名)で立ってたら、サストレ、フランク、リース監督が帰りの車で手を振ってくれたのが思い出だ。リース監督が笑顔で手を振るなんて、本当に観れないシーンだ。クリスチャン・ヴァンデヴェルデも帰りの車から手を振ってくれた。本当に良い奴。

まあ、詳細はともかく、無事にSaxo Bankの選手を見送った。ここでの事件は一つ。ニキ・ソレンセンが帰ってきたが、側にお供が居た。Chaperonを2人引き連れてTTから帰ってきた。当然、不機嫌な顔してる。シャペロンは選手の抜き打ちランダムドーピング検査をする組織。選手の尿をゲットするまでは、シャワールームでも、どこにでも無条件で付いて来る。断ったら、即ドーピング違反となるシステム。着替えるために(選手達はびしょ濡れ)バスに戻るが、検査員の一人はバスの外で待機。もう一人はバスの中へ。しばらくして着替えたニキがでてきたが、自転車に乗って、そのまま検査員達とゴール方向へ戻って行った。彼が再度帰ってきたのは、かなり後のことだった。寒い日は飲む水も少ないし、尿が出にくいこともあるだろう。やはり、超不機嫌な顔で帰ってきた。英語ならこの不機嫌顔をlong faceと表現できるが、彼の場合はどちらかというと、素でlong faceだ。失礼な冗談だな、と反省。

その他、選手の行動等に興味がある人のための余談。選手達は短いTTの後に、ウオームアップじゃなく、クールダウン的な運動をする場合がある。カーステン・クローンはそのために、帰還後再度ローラーを漕いだ。側で出発準備をするイエンツの側で、あのコーナーは外側に水たまりがあるからとか、あのコーナーはガンガン攻めても大丈夫だとか、情報を提供してた。また選手のウオームアッププログラムとか機材を煮詰めるのがボビーの仕事。今回も選手に細かくアドバイスしてた。

そしてやはり、TTの得意なマクギー(と日本語では表記するのか)とボビーとの連携プレイを目撃。フランクがローラーを漕いでる側で、ボビーはマクギー(間違いないだろう)に電話して、コース状況からフランクに適切なタイヤの空気圧はどれくらいだろう、と聞いてた。

テーマ:自転車ロードレース - ジャンル:スポーツ

  1. 2009/05/19(火) 16:30:50|
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春のレースレポート Paris-Nice Part I

概要
パリ・ニースの初日(プロローグ)、二日目(第一ステージ)、三日目(第二ステージ)の生観戦レポート

初日
2005年、2006年、2007年と3年連続でパリの近郊の開催場所へ初日の観戦に出かけた。2008年からアミリーという街がプロローグの開催地となり、ドイツからは遠い場所となり、2008年は観戦をあきらめた。しかし、2009年は出発点がルクセンブルクとなり、移動距離が短くなったため、比較的安易に観戦が可能となった。
舞台となるのはフランスのど真ん中の地域。ここはフランスの地図(行政名の他に、多分通称だと思うがソントル、単にセンターのフランス語読みだが、つまり真ん中と呼ばれる地方だ)。アミリーは行政県でロワレ(県番号45)という県に属する。

ルクセンブルクを出たのは夜中過ぎ、天候は曇り、ちらほら雨が降る天気。この雨は結局フランスへ入ってからも同じで、朝アミリーに到着した時も曇りで、軽い雨模様だった。

GPSナビゲーションを「料金が掛かる道路は避ける」設定にしておいた。ルクセンブルク内は高速道路も無料。フランスへそのまま高速道路で入国。国境地点には何も無い。単に通過。深夜のドライブ。高速道路(フランス国内ではほとんどが有料、都市の周辺で、その高速道路がほぼ唯一の大きな道な場合は無料となってるのが普通。つまり、パリの周辺では無料区間がほとんどだし。そうじゃなくちゃ、渋滞しまくるだろうしね。これは地方都市でも同じで、大都市の前後は無料区間となってることが多い、と感じる)を避けると、ルクセンブルクからまっすぐ南下して、Metzへ向かう。その辺までは高速道路も無料。そして、まだ南下してNancy(54, Meurthe-et-Moselleと補足します。Nancyという街は他にも沢山あるので)へ向かう。そこから西へ方向を変える。Toul、Saint-Dizier、Troyes、Sensをかすめて進む。これらの地名やら道路情報はフランスの旅行(車を使って)を考えてる方のためのおせっかいな情報提供ですので、必要の無い方は、無視して次へお進みください。

道路名がNで始ってる場合はナショナル(国道)なので、高速道路並みに自動車専用道となっていて、110km/hまで出せるとか、片道2車線とかの部分も多い。しかし、街や村を通過してる場合は、狭い道となってる。一概に平均時速がどれくらいで進めるかは予測できない。道路名がDで始ってる場合は地方道(県道と言うのかな)で、これは全く予想が付かない。中央線が無い細い道から、高速道路並みに速度が出せる道もある。未知な道なのだ。一つ言えるのは、僕は事前に地図で眺めて、川沿いのグネグネしてる道、山の中でつづら折となってるDはなるべく避けるようにしてる。距離が増えても、平地の道を選んだほうが目的地に早く到着するというのがこれまで経験から割り出した結論だ。今回の中央地方はほとんどが平地(豊かな農業地域)なので、今回も問題なく有料道路を使わずに目的地に着いた。Nancyは大都市だった。夜景しか見えなかったが、延々と広がる街の灯りとホテルやらの看板が印象的だった。

アミリーに着いたのは確か午前10時30分過ぎだったと記憶。途中のパーキングで仮眠したりしたためだ。既に交通規制がされていた。車を停めて約1km弱程度歩いてスタートへ到着。11時過ぎにはコースの試走をしてる選手達も居た。目だったのはカデル・エヴァンス。スタートで知り合いに遭遇。このドイツ人女性(ここ一年はプレスIDを入手してるが、実は単なるファンで、仕事で追いかけをしてるわけじゃない)とは2年前のケルン一周以来の知り合い。彼女がチームバスの駐車場所を教えてくれた。そこはトレーラーターミナル(何かの会社のトレーラーターミナルだった)を開放してる場所で、ゴールの近く。彼女からスタートリストをもらう。彼女はプレスIDがあるので、スタート側のプレス受付でそれらをもらえるのだ。一緒にチームバス駐車場へ行く。彼女はファンなので、選手のサインやらツーショットを撮るのが目的だ。まだ数台のバス(Saxo Bank、Silence-Lotto、Euskaltel-Euskadiとか)しか居なかった。この辺ではまだ雨は降っていなかった。しかしレース開始前には雨となった。

リクイガスの中野さんが参加されることは知っていた。挨拶をするためにバスを見張る必要があったが、リクイガスはまだ居なかった。現時点では自宅のネット環境が不自由なため、直前の情報(ASO、つまり主催者のletour.frのサイトの参加者リストも、cyclingnews.comのリストも信用できない程度の仕上がりだった)では注意すべき選手はSaxo Bankの選手だけだと思ってた。サストレが出るわけじゃないし、クリスチャン・ヴァンデヴェルデも参加してないと思ってた。
サーベロテストチームのバスとリクイガスが同じ頃に到着。中野さんに合えた。昨年のツール以来だ。

ここで中野さんに迷惑(申し訳ないことで)をかけることになってしまった。ドイツ人の知り合いがリクイガスの選手のサインカード・彼女が撮った写真に選手のサインをもらうことを中野さんに頼んでくれとせがむ。結局中野さんに渡して、次の日に僕が受け取るか(彼女は初日だけを観て、その後ドイツに戻り、次の週末にニースで観戦)、後日ニースで受け取るという約束になった。ごめんなさいね、中野さん。次は何か差し入れでもしようか。

テーマ:自転車ロードレース - ジャンル:スポーツ

  1. 2009/05/19(火) 16:28:56|
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